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Vol. 7 お遺骨を海に埋葬するということ

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お遺骨はお墓に埋葬するというのが一般的です。
私も当初「人を粗末に扱っている」という思いが強く、散骨については否定的でした。
ですが、海外で亡くなった家族を小さな船で流す舟葬、亡くなった方をそのまま海に沈める海葬などがあり、宗教は違いますが、インドではガンジス川にご遺骨を流すというのが最も尊い弔いのあり方です。
そうした事を考えると、遺骨の弔い方は様々あってもよいのではないかと思うようになりました。
大切なことはその方の尊厳を守り、大切にすること、そして亡くなっても「つながり」を感じられるかどうかであると考えます。

私たちは、亡くなったとき「家族と共にお墓に入るのが当たり前だ」という固定概念があります。
ですが、供養の在り方にも、もう少しその人らしさがあったり、選択の自由があってもいいのかもしれません。
自由といっても、「どうでもいい」とか「粗末にしていい」という意味合いでは全くありません。
尊厳とつながりを守りながらも多様性が生まれていっても良いのでは、と私は思うのです。

私自身体験して分かったことですが、「海洋散骨」は、丁寧な形で行うということが大前提であれば非常に良い弔いの形であるかと思っています。
「大いなる命の一部となっていく」そんな感覚を実際に感じることが出来ます。


固定観念を取り払いよく考えてみると、海洋散骨とはごくごく自然な形なのではないか?そんなことを考え始め「海の弔い」の提案に至りました。
「②お寺が提案する散骨の形」にも書かせていただきましたが、ただ単に海洋散骨だけですと様々な問題が生じることは必至であります。
そこで、一部分骨し、お寺で供養をしながらも散骨をお手伝いしていくという「海の弔い」のスタイルが大切だと感じております。


また、散骨の方法につきましても「海の弔い」では「想い花」という水溶性の紙でできた容器に入れ散骨致します。(上写真)
「想い花」は花びらと共にしばらくの間、洋上に漂いそしてしばらくするとゆっくりと溶け海に沈んでいくのです。
一般的には、水溶性の封筒に入れてポンと海に投げ入れるのですが、あっという間に沈んでしまいます。
やはり、供養に対してはゆっくりと余韻を感じることができる「間」が必要です。
「ゆっくり しっかり ていねいに」 を心掛けて供養をしてまいりたいと思います。